ミンクgoodED。【雲の切れ間〜】のさらに後日。
【夜の嵐】


「風、止まないな……」
 幾度目かの寝返りで、またもミンクのほうへ転がってきた蒼葉が、不安げに呟いた。
「何度目だ。零したところで風は弱まりゃしねぇぞ。いい加減寝ちまえ」
 すげなく突っ撥ねはしたものの、心細くなるのも無理はないかと、ミンクは暗がりの中でひっそりと苦笑した。
 俄かに天候が悪化して強風が吹きはじめたのは、夜もある程度過ぎた頃だ。
 灯りを消して床に入り、眠りの淵に堕ちかけた辺りで、突如吹き抜けた風の音に叩き起こされた。
 時が経っても風は弱まるどころか勢いを増し、ティピーの天幕を絶え間なくバサバサと揺らし続けている。木々の葉が擦れて不穏にざわめき、梢が風を裂く悲鳴のような音も遠く近くから聞こえてくるから、この地で暮らしはじめてまだ日の浅い身には気の休まる暇もないだろう。
「なぁ、このテント、風で飛ばされたりしないよな?」
「しねぇよ。そんなヤワには作ってねぇ」
「そっか、だよな……」
 過剰に心配しすぎたと恥じたのか、蒼葉は口籠りながら、しかし背を丸めつつ更にミンクの近くへにじり寄ってきた。
 その前髪が二の腕を掠め、こそばゆい。もう少し離れるか近寄るか、どっちかにしろと内心思い、ならばいっそと、仰向けていた体を横臥にして腕を伸ばしてみる。
 蒼葉の肩に指が掛かろうかと言う瞬間、ティピーの外で大きな物音が起こった。
「なっ、何?!」
 驚いた蒼葉が、酷く慌てた様子で身を起こした。
 咄嗟にミンクも手を引いてしまう。
「大方、ポリタンクが風に煽られて台から落ちでもしたんだろう。水の残りが少なくなっていたから軽くなっているしな」
「それだけでこんな大きな音するか?」
「落ちた先にも何かあったんじゃねぇのか」
「ええー? そんな呑気なこと言ってていいのかよ。ちょっと外見てきたほうが良くないか?」
 そう言って蒼葉が立ち上がろうと腰を浮かせたので、ミンクは蒼葉の腕を掴んだ。
 バランスを崩して前のめりに倒れてきた体を胸で受け止め、背に片腕を回して動きを封じる。
「うわ!? ぶっ!」
 鼻っ柱を鎖骨にぶつけたらしい。
 痛みを堪えるくぐもった呻きと、「何すんだよー」と恨みがましい声が聞こえた。
「見てきたところで何も変わらねぇだろ。元の通りにしておいても、この風じゃまた蹴倒されるのがオチだ」
 でも…と蒼葉は言い掛けて、確かにそうだと考え直したか口を噤んだ。
 蒼葉が大人しくなったと見て、ミンクは抑え込んでいた腕の力を抜いた。
 掴んでいた腕も離し、空いた手を肩口に伏せている小作りな頭の上に載せる。頭頂から後頭部までの丸みを掌で味わい、芯の通ったなめらかな髪を梳くように指を滑らせることを、ゆっくりと何度も繰り返す。
 次第に蒼葉の体から力が抜けて、くたりとしてくるのが分かった。
 それでもなお髪を撫で続けていると、耳に届く吐息が、深く甘くなってくる。
「少しは落ち着いたか?」
「ん……」
 ミンクの問い掛けに、蒼葉は微かに鼻に掛かった声を漏らした。そして、密着する面積を広げんとするかのように身動ぎした。
 慣れた目でも物の形がかろうじて判別できるかどうかと言う程の暗闇の中、しかも顔が側面にあるので見ることは叶わないが、ミンクには、蒼葉が今どんな表情でいるか、声音と肌の匂いからおおよその見当が付いていた。
 おそらくは、プラチナ・ジェイル内のクラブで光麻薬の影響を受けて酩酊状態に陥ったあの時と似た、トロリとした笑みを浮かべているに違いない。
 頃合いと思い、髪を撫でる手を止める。
 突然の夜の嵐に狼狽する心を鎮めてやれればいいと思っただけのこと、要らぬ火を点けてしまうのは本意ではない。
 呼吸の速さを合わせ、じっと静かにしているうちに、蒼葉の波は引いていった。
 相変わらず外では強風が吹き荒れているが、先刻までのように何か物音がする度にいちいち動揺することはもうないはずだ。こうしていれば、やがて眠りに就くことができるだろう。
 触れていた毛先を一束指に絡め、ミンクも目を閉じる。
「ミンク、寝ちゃったのか……?」
 だが、蒼葉に囁かれて薄目を開いた。
「お前こそ、まだ眠れないのか」
「や、もうお仕舞いなのかなーって……」
「あ?」
 蒼葉は甘えるようにミンクの首筋に額を押し付けた。
「髪、撫でてくれんの、すげぇ気持ち良かったから」
 少し迷って、ミンクは再び蒼葉の髪を梳きはじめた。蒼葉が、ほぅ…と溜息を吐く。
「……言っても、信じてもらえるかどうか分かんないけど、前はちょっとでも髪の毛触られると痛くてさ、こんなことして貰うなんて考えたことなかった」
「触られると、痛い?」
「そう。何でだか、子供ん時から髪に感覚があったんだ。今はもう全然平気だけど」
 プラチナ・ジェイルが崩壊した頃を境に、その不可思議な感覚は徐々に薄れていったのだと言うが、ならば、ミンクと行動を共にしていた時は、まだ痛みを感じていたということになる。
 過去の所業を思い出し、ミンクはつい手を止めてしまった。
 気付いた蒼葉が、面をこちらに向けた気配がある。
「悪かったな……」
 知らなかったこととは言え、髪を鷲掴まれ、咬みつかれて、蒼葉はどれほどの激痛を感じていたのか。なのに、絞り出せたのは一言だった。謝罪すべきは、それだけではないと言うのに。
「いいよ」
 思いがけず明るい、柔らかな声が返ってきた。
「グリッターでの事とかさ、全部、俺の中では片付いてるから。……あの時はミンクも、怒りとか憎しみとか絶望とか、そういうので一杯一杯だったんだよな? きっと、感情をぶつけたり縋ったりできるモノが欲しかったんじゃないのかな。って、俺の中ではそういう事になってる」
 蒼葉が、行為の意味を考え、自分なりの答えを得ていたことに、ミンクは少なからず驚いていた。贖罪ばかりを考えていた己とには、彼我の差があると感じずにはいられない。
「嵐の中で藁に縋ろうとしていたのは俺か……」
「俺がそう思っただけだから。異論は認める」
 妙に偉ぶった口調で言い切った蒼葉だが、次の瞬間、またもや外で大きな物音がして、ビクリと体を強張らせる。
「ミンクー、やっぱ風すげぇんだけど。ホントに大丈夫なのかよ……」
 話し込んでいる間に、蒼葉に掛けた心を平静に保つ暗示が解けてしまったようだ。
 新たに暗示を掛け直しても良かったが、ミンクは別の手段を使うことにした。
 胸に半分乗った状態の蒼葉を降ろし、自分は身を翻してその体の上に覆い被さる。
「え、ちょ。ミンク?」
 突然のことに困惑する蒼葉の唇を唇で塞いだ。舌を絡め、強く吸い上げれば、蒼葉はすぐに蕩けて甘い香りを放つ。
 風音に恐怖を感じると言うなら、別の嵐に翻弄されていればいい。
 縋るように背に回された腕に応えて、ミンクからもきつく抱き返した。


                                  END.



 ゲームの中での、好きなスチルなどを思い浮かべながら書きました。
 ミンクさん√の、クラブで光麻薬に酔っちゃった蕩けてる蒼葉とミンクさんのショット。あの表情が可愛いろっぽくてだなぁ…
 それと、ミンクさんの能力?とか、蒼葉の髪の設定ですね。 ED後はもう感覚なくなっちゃってるわけですが、何か上手く活かせないものかと。
 活用出来ているかどうかは別として。
 エチ寸止めでごめんなさい。期待なさった方がいらしたらごめんなさい。

 ご感想などいただけましたら幸いです。
                                  20120624