ミンクgoodED。2人が再会した直後からのお話です。
【雲の切れ間から光射す】1P


 目の前に、広い背中がある。
 ところどころに擦ったような傷のある革のロングコート。襟にファーが使われているのは、ここが決して暖かいとは言い難い気候だからだろう。
 背の半ば辺りまである髪。
 強い風に吹かれるたびにぶわりと舞い上がる。
 以前は、全然違う髪形をしていた。
 記憶の中にいる彼は、ドレッドにした髪の一部をポニーテールみたいに束ねた、ちょっと個性的なスタイルだった。

 俺の数歩前を行く背中は振り返らない。かわりに、肩に乗っている鳥型のオールメイトが時々確認するように振り向くのと目が合う。
 声は掛けていない。掛けたいけれど、何て言えばいいかわからない……



 追い続けた姿にようやく会えた時、ここで泣いたら男らしくないと思って涙ぐむのを堪えようとしたけど、ミンクの胸に飛び込んで1度だけ名前を呼んだら、涙腺が壊れたみたいに涙が溢れてきて、結局しがみついたまま声を上げて泣いてしまった。
 ミンクは俺が抱きついた瞬間こそ驚いたように体を強張らせたけど、突き放したりはせず、でも腰の辺りにそっと手を添えて支えてくれただけで、抱き締めてくれたりはしなかった。
 ひとしきり泣いてからようやく気持ちが落ち着いてきて、ちゃんと顔を見ようと濡れた頬を拭いながら振り仰いだら、ミンクは視線が合うのを避けるように顔を背け、身を翻して行ってしまった。
 残された俺は最初何が起こったか分からなくて呆然としてしたものの、すぐに我に返って後を追った。

 無言のまま結構な時間歩き続けている。消息を確かめる旅のおかげで我ながら随分鍛えられたと思っていたのに、背の高いミンクに早歩きされると置いて行かれないようにするのが精一杯で、早いうちから息が上がり気味になってしまった。
 ミンクが向かう先には、険しい山々と裾野を覆う青々とした森が見える。ミンクの故郷である深く広大な森だ。調べた資料によると、彼の一族はこの周辺一帯を少しずつ移動しながら暮らしていたらしい。逃げられてばかりだったものの、目撃情報がこの近辺に集中していたことから、彼が今もこの森の中で生活していると推測するのは容易かった。
 再会したのが見晴らしの良い岩棚の上だったのは、俺が見付けやすいよう敢えてあの場所を選んで立っていてくれたからなんだと、つくづく思う。
 拒まれているわけじゃない。それは分かる。けど、だったらどうして何も言ってくれないんだ?
 会えた喜びと興奮が少しずつ治まり不安と不満が首をもたげだした頃、平原の端に見えていた森の外縁部に辿り着いた。
 ミンクは灌木と灌木の間を縫って木立ちの奥へ進んでいく。まもなく、円錐型のテントが現れた。
 横には大型のアメリカンバイクが停まっていて、正面には焚き火の跡と椅子の代わりらしき丸太の切れ端が転がっている。
 これがミンクの【家】か!と感動したのも束の間、突如腹の底からフツフツと怒りが沸いてきて、気付いたらブチ撒けるように叫んでいた。
「アンタ、こんなテントで生活してたのかよ! 大方、居場所掴まれないように頻繁に移動してたんだろ?! ……散々振り回された俺の身にもなれよ!!」
 振り返ったミンクは何を考えているのか全く読めない無表情で、それを見たら急激に心が萎んでしまった。
「……嫌だったら帰れば良かったって言いたいんだろうけど……俺は絶対にアンタを見付けるんだ!って決めて島を出てきたのに……じゃあ文句言うなって言われても仕方ないけど……」
 グジグジと言葉を並べていると、ミンクは大きな溜息を吐いた。
「そこいらの適当な場所に座れ。飲み物ぐらいは出してやる」
「……え?」
 俺が顔を上げると、ミンクは焚き火の辺りを顎で示した。
 木材の1つを選んで座ると、ミンクは焚き火跡の焼け残りに小枝を足して火を点け、使い込んだ薬缶にポリタンクから水を汲むと、石を向い合せに置いて作った即席コンロの上に置き、次にコーヒーミルを出してきてガリガリと豆を挽き始めた。
 話し掛けようにも隙が見当たらない。
 会ったら話したいことが沢山あった筈なのに、いざ話そうとすると思うことが言葉になる前に逃げてしまってもどかしくなる。
 銅製のマグカップに注がれた熱いコーヒーを渡され、冷ましながら飲んでいたら、不意にミンクが俺の顔を見た。
「頭痛は……今も激しい頭痛はあるのか?」
「頭痛? いや、今は全然大丈夫だけど」
「……そうか」
 心なしか、ミンクがほっと胸を撫で下ろしたように見えた。しかし、
「それを飲み終えたら、さっさと帰れ」
 表情を硬くすると、さも迷惑気な口調で言い放った。
 鎮火しかかっていた先ほどの怒りにまた火が点いて燃え上がった。
「逃げ回ってばっかだったアンタがようやく観念したかと思ったのに、会った途端それかよ! アンタのこと知りたくてここまで来たのに、ロクに話もしないまま帰れるわけないだろ! 俺は……絶ッ対に帰らないからな!!」
 腹が立ちすぎて眩暈しそうだった。マグカップを投げつけてやろうかとさえ思った。
 わなわなと震える俺を見たミンクは、また溜息を1つ吐くと、コーヒーの残りを飲み干して立ち上がった。マグカップをポリタンクの水で軽く濯いでその脇に置き、停めてあるバイクのほうへ歩いていく。
「ちょ、どこに行くんだよ?」
「食料の買い出しだ。余分な蓄えなんざねぇからな」
 そう遅くならない内に戻るからそこで大人しく待ってろ。と言い残し、エンジンを掛けるやいなやミンクはすぐに行ってしまった。
 走り去るバイクの姿が見えなくなった頃、俺は込み上げてくる嬉しさに頬を緩ませた。「居てもいい……ってことだよな?」

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