【雲の切れ間から光射す】2P


 背負いっぱなしだったバッグからスリープモードにしていた蓮を取り出し、起動する。ぱちりと目を開いた蓮が何か言う前に、俺はやっとミンクに再会できたことや、彼の住まいにとりあえず滞在させてもらえることになった経緯を報告した。
『そうか……苦労した甲斐があったな』
 蓮は尻尾をゆるく振りながら俺の話を聞き、一緒に喜んでくれた。
「ああ、でもまだロクに話せてなくてさ。これからが本番って感じだ」
『だが、今の蒼葉であれば多少の困難があっても必ず解決できるだろう。自信を持って当たればいい』
「蓮にそう言ってもらえると心強いよ。ありがとな」
 それからミンクが帰って来るまでの間、俺は蓮と他愛のない話をして時間を潰した。

 ミンクが戻ってきたのは、陽がだいぶ傾いてからだった。
 蓮がバイクのエンジン音に気付いて知らせてくれたので、心の準備も万端に彼を迎えることができた。
「おかえり。帰ってくんの遅ぇから心配した」
「……」
 ミンクは僅かに目を見開いたものの、言葉を返してはくれない。想定範囲内のことだから、俺もそれくらいのことで詰ったりはしなかった。
「メシの支度するなら早いほうがいいよな? 日が落ちたら一面真っ暗になるし。俺も手伝うから」
 バイクのサドルバッグから荷物を出しているミンクの横に立つと、ジャガイモが入った紙袋を渡された。
「自分が食えると思う数だけ剥いておけ」
「アンタの分は?」
「……同じ数でいい」
 そのジャガイモと缶詰のランチョンミートを一緒に煮込んで、岩塩とスパイスで味付けしたスープが夕食になった。シンプルなメニューだけど、誰かと一緒に食事をとるのが久し振りだったこともあって、すごく美味しく感じる。
 考えてみれば、ミンクと食事をするのはこれが初めてで、この森の中で暮らしている間もきっと1人で食事をしていただろうから、ミンクも誰かと一緒にとる食事が良いものだと感じてくれていたら嬉しいと思った。
 夕食を終える頃には空をほんのりと照らしていた残照も消え、周囲は真っ暗になっていた。
 焚き火の灯りが届く範囲だけが明るい。夜がこんなに暗いものだということは、旅に出てみてから知ったことの1つだ。空も見えないようなゴミゴミした街の中では、いつも何処かから光が漏れていたので、知識として知ってはいても実感を伴っていなかった。音もそうだ。焚き木の爆ぜる音と風で揺れる葉擦れの音しかないなんて、旧住民区では体験したくたってできない。
 こんな静かで寂しいところに1人で住む気持ちとは、どんなものなんだろう。
 碧島から単身抜け出してここに戻ってきてからのミンクの生活に思いを馳せていると、その当人から声を掛けられた。
「おい」
「ん……何?」
「もう寝ろ。テントはお前が使っていい。中に毛布がある」
「俺が……ってアンタは中で寝ないのか? 少し狭いかしんないけど、2人くらいは横になれそうだけど?」
「俺は火を見ながら仮眠する」
「いくら火にあたってても、夜中になったら今よりもっと寒くなるだろ。風邪ひくんじゃないか?」
「街育ちと一緒にすんな。この時期の気温で風邪なんざひくか」
 取りつく島もなく返されて、俺は渋々1人でテントに入り眠りに就いた。



 翌日から、俺とミンクの共同生活が本格的に始まった。
 とは言っても、街育ちの俺に何ができるわけでもないから、ミンクの真似をするか指示された簡単な作業をするくらいが関の山だ。
 1日目は、ミンクが土地の見回りに行くと言うので興味津々で付いていった。そうしたら、思ってもみなかった長距離を歩かされて、あと少しでヘバって立てなくなるところまで追い込まれた。
 2日目は、川へ行って洗濯と水汲みをした。筋肉痛に冷たい水は気持ちよかったが、結構流れが速くて、うっかり足を滑らせたら溺れそうになった。
 3日目は森で焚き木を拾う。ミンクは焚き木を集める傍ら、薬草とおぼしき草も摘んでいた。
 そして4日目。
 蓮に腹の上で跳ねたり、顔中舐めまわされたりしてどうにか起きた俺に、ミンクは狩りに行くと言った。
 森には動物が沢山いるが、今日は野兎を狙うらしい。先日森を見て回った時に巣穴を発見していたと言うが、一緒に歩いていた俺はそんなものには全く気付かなかったので、その観察眼に驚いた。
 複数ある巣穴の出口を1つだけ残して後を塞いでいく手際の良さにも感心していると、突然、猟銃を突きつけられる。
「撃ってみるか?」
 俺は激しく困惑した。以前、プラチナ・ジェイルの中でも使えと言われて銃を渡されたことがあったけど、あの時も、自分の身を守るためとはいえ人を撃つなんてできないと思った。相手が野兎だって大して変わらない。命を自分の手で終わらせることには、どうしたって抵抗がある。
 銃を受け取るかどうか悩んでいると、ミンクは鼻で笑ってそれを引っ込めた。
「……冗談だ。テメェみたいな素人に撃たせたら弾丸が幾らあっても足りやしねぇ」
 少し……失望させたのかも知れなかった。
 落ち込む俺を余所に、ミンクは1人で巣穴に近付き、穴の中に火を点けた何かを放り込んだ。しばらくすると穴から煙が立ち上ってきて、開けてあった出口から何かが猛スピードで飛び出してくる。
 ミンクは慌てることなく猟銃を構え、引鉄をひき、すぐさま先台をスライドさせて次弾を装填すると、再び引鉄を引いた。
 一連の動きは無造作にも見えたが、ただそう見えただけだということは、見事仕留められた2羽の野兎が証明していた。
 取ってこいと言われるまま2つの毛の塊を拾いに行く。散弾を撃ち込まれた体は、まだ温かかった。

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