【雲の切れ間から光射す】8P


 目が覚めると、テントの中はすでに明るくなっていた。
 気怠い体を投げ出したまま、ぼんやりと昨夜の出来事を反芻する。
 ところどころ記憶が抜けているものの、無茶苦茶に求められて、俺からも沢山求めて、クタクタにはなったけど、ものすごい幸福感で満たされたのは覚えている。
 ミンクのいろんな表情も見れた。喜怒哀楽の差はほんの僅かとは言え、碧島に居た頃よりもずっと生きていると感じさせてくれて、あの時のミンクがどれだけ復讐と死を思い詰めて感情を殺していたのか、今更のように思い知った。これからは、生きていることが楽しいと感じられるようになればいいと思う。
「……そういや、ミンクは? あれ?」
 明け方までは隣にいた温もりが居なくなっていることに遅ればせながら気付いて、首だけを巡らせてみる。
 頭のすぐ上のところに、トリが居た。
「あ、おはよう……」
『おはよう。ミンクは外に居るぞ』
「そうなんだ。ありがと」
 以前にも似たようなシチュエーションがあったなと思いつつ、身を起こす。予想外に体の至るところが鈍い痛みを訴えてきて頬が熱くなったが、意識しないよう努めて手早く身支度を整えると、起動させた蓮を抱えてテントの外に出た。
 ミンクは、テントから少し離れた場所に座って煙管を吸っていた。
 幾度となく見た姿のはずなのに、どうしてか厳かに感じられて、声を掛けるのを躊躇ってしまう。
『この周辺の部族において、煙管は喫煙具としてだけではなく、その煙で祖先と交信するための道具として使われることもあるらしい。……ネットから得た情報だがな』
「へぇ……」
 トリが教えてくれた豆知識に感心しながら、もし、ミンクが俺のことを先祖に知らせるとしたら、何て紹介するんだろうかと考えてみる。
 そんな埒もないことに気を取られていると、いつのまにか煙草を吸い終えたミンクがこちらを向いていた。
「いつまで寝てやがる」
 顔を合わせての第一声が、小言だったのが癪に障った。
「しょーがねーだろ。誰かさんのせいだっつーの」
 負けじと言い返してやると、ミンクの眉間にしわが寄った。
「フッ、自業自得だ。あんなあからさまな手ェ使いやがって、慎みってモンはねぇのか。……すっかりテメェのペースに巻き込まれた」
 唸るように言って背けた顔は、まさに苦虫を噛み潰したと表現するしかない表情で、しかし、見ようによっては照れているように見えなくもない。
 俺は腕の中の蓮を地面に下ろし、ミンクの傍に行く。ミンクは倒木の幹に座っていたから、当然、立っている俺の方が頭の位置が高くなる。
 いつもは見上げているミンクの顔を見おろせることに気分を良くして、俺はちょっとだけ胸を張った。
「けど、最後の答えを選んだのはアンタだろ。自分がどうするかを決めるのは自分だって言ったクセに、俺のせいにすんのか?」
「……」
 口の端を上げて笑うと物騒な目つきで一睨みされたが、もう慣れっこになっているから肩を竦めて遣り過ごす。ミンクだって、俺を脅しても全く効果がないことぐらい分かっているはずだ。
 ミンクはしばらく俺を睨みつけていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
 そして、不意に腕を伸ばして俺のズボンのウエストを掴み、力任せに引き寄せた。
「うわっ!?」
 バランスを崩した俺は、ミンクの上に覆い被さるように倒れ込む。不安定な体勢に耐えられずズルズル下がっていくと、頭に顎を載せて抱き込むような姿になって止まった。
「まさか、テメェに説教喰らうとはな……」
「不服かよ?」
「いや……」
 鼻白んだ風な口調とは裏腹に、ミンクは笑っているようだった。胸元に掛かる息がこそばゆくて、俺はミンクの肩に手を突いて体を押し離そうとしたが、急に拘束する腕の力が強くなって失敗する。
「おい! 離せって……」
「……蒼葉」
 俺の言葉に隠れるように漏らされた呟きは、声が小さすぎて聞き間違いかと思った。
 昨夜もそうだったけど、顔が見えない状態で言うのは恥ずかしいからなのか。ちょっと卑怯だ。
 それでも、嬉しい。
「アンタ、やっと俺の名前、呼んでくれた……!」
 俺はミンクの頭を抱きかかえて、その天辺に口付けを落とす。
 胸一杯に息を吸うと、微かにシナモンの香りがした。


                                  END.



 稚拙なくせに長々とした文章で申し訳ありません。
 自分の中に湧いてきた妄想のどこを削っていいか判断に迷ったので、全部書き出してみました。ミンクさんの故郷の森で慣れない野外生活を強いられる蒼葉と、ミンクさんを心配し、その生き方に全力で物申したいトリを書きたかったので、とりあえず満足です。でもそのせいで、2人が再会してから致すまでほぼ1週間掛かってるっていう…
 ミンクさんの故郷については本編でどこの国とも記述がなかったので、北米・ロッキー山脈付近をイメージしています。

 ご感想などいただけましたら幸いです。
                                  20120501


 before(7P). . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .