【美味しい森】3P


 蒼葉の反応を見てミンクも自分が口走った愚痴の意味に気付き、気不味くなる。
 買い物を済ませた後、どちらともなく「たまにはベッドで寝たい」と言い出したのが切っ掛けだった。
 ティピーに敷かれた一組のマットと毛布で男二人が横になるのは窮屈だから、たまには隣を気にせず眠りたいと言うのは表向きの理由で、その実、柔らかい寝床の上で存分に抱き合いたいとの欲求があったことは否定できない。むしろそちらをメインに下心を抱いて外泊を決めたのに、とんだ肩透かしを食らって腹を立てていると、自ら白状したようなものだ。
 ミンクは溜息を吐いた。
 余裕のない自分に嫌気がさしたが、本心には違いない。訂正するのも恥の上塗りをするようで癪に障る。
「その場で文句の一つも付けりゃいいものを、今更何を言ってやがるって話だがな」
 見るからに期待に胸を膨らませている様子に、ついほだされてしまった自分の負けだ。
「お前が満足したなら、今回はそれでいい」
 実際、楽しそうな蒼葉を見るのも悪くはなかった。
 まだ頬に微かな赤みを残した蒼葉は小さく笑った。
「ミンクの一族が暮らしてきたこの森のこと、また一つ知ることができて良かったって思ってる」
「それは何よりだ。……俺たちは、神と神が作ったこの森に、常に感謝と畏敬の念を抱いて暮らしていた」
「まだまだだろうけど、少しずつ判ってきたような気がする」
「そうか……」
 ならば、無駄な時間ではなかったということだ。
 無性に蒼葉の髪を撫でたいと思ったが、手の届く距離ではないので諦めた。
 気恥ずかしさを若干含んだ沈黙が降りる。
 ふと、蒼葉が欠伸をかみ殺した。
「眠いのか?」
「ん、ちょっと……」
 常よりも早起きした上に一日中動き回っていたのだから、疲労が溜まっているだろう。
 ミンクは食器の後片付けを引き受けることにして、早く寝るよう促した。
 蒼葉は申し訳なさそうにしていたが、欠伸が止まらなくなってくると限界を悟って先にティピーへ潜り込む。
 その後ろ姿に、ミンクは幸福を感じた。


 ――翌朝。
 二人が起床したのは通常よりかなり遅く、昼に近い時間だった。明け方まで睦み合っていた所為だ。
 昨夜あの後、食器を洗い、火の始末を済ませてティピーに入ると、先に休ませたはずの蒼葉は起きてミンクを待っていた。
 それは良くあることで、当人としては「先に寝ちゃうの悪いし」と言うことらしい。要らぬ気遣いだと毎回言っているのに、それでは気が済まないのか、よほど睡魔に抗えなかった時を除いては眠い目を擦りつつでも待っている。
 聞けば、ティピーに入ってからすぐ仮眠をとったと言うが、ならばそのまま眠ってしまえば良いものを。
 努めて素っ気なく早く寝るよう言い、毛布の端を捲って蒼葉の隣に潜り込むと、蒼葉は待ち兼ねたように身を摺り寄せてきた。
 甘えるように喉を鳴らし、ミンクの首筋に唇を押し付け、ぎこちない手付きで肌を撫でる。拙い誘い方だが、意図は十分に伝わってくる。
 山菜に気を取られて忘れていた性的欲求が今になって再燃したか。
 ミンクは肌の上を這い回る手を掴んだ。
「……煽るな。テメェが眠いと言うから先に休ませたんだろうが。疲れてんじゃねぇのか?」
「だって、なんか我慢できねーし……」
 溜息吐いたミンクは一旦起きてランプに火を灯し、自分の手を翳して見せた。
「ツクシ? とやらのおかげで指先が汚れている。洗えば落ちるかと思ったが、染付いちまってるらしい。これでお前に触れろと?」
 灰汁で黒ずんでしまった指先を見た蒼葉はうっとりと目を細める。
「そういう気遣いしなくていーのに」
 伸ばした両の手でミンクの手を捉えた蒼葉は、それを口許まで運び、汚れた指先に舌を這わせた。
 ランプの灯りを受けて艶めかしく光る舌の動きと指を包む濡れた感触は、昨晩から我慢を強いられている身に刺激が強すぎた。背筋に悪寒にも似た痺れが走り、下腹に熱が集まってくるのを感じる。
 結局、ミンクは耐えることができずに自制心を崩壊させてしまった。
 ――今、二人は遅すぎる朝食の支度をしている。
 灰汁抜きしていたワラビとゼンマイを洗っているのだが、この後に調理をはじめるのだから、いつ食事にありつけるか分からない。
 しかし、蒼葉は楽しげに作業をしていた。
 その姿を見ていると、まあいいかという気になってくる。
 ただ、頻繁にこんな事をされては堪ったものではない。
 釘を刺すと、蒼葉は、
「採るのは面白いけどその後がな〜 年一回くらいならいいかって思うけど」と苦笑した。
 さすがに蒼葉も面倒臭いとは感じてたようで、ミンクはこっそり胸を撫で下ろした。
「夏まで我慢してろ。頃合いになったらベリー摘みに連れて行ってやる」
「そんなのも採れるのか?」
「子供の頃は良く摘まんで食っていた」
 目を輝かせる蒼葉に、ミンクは珍しく得意げになる。摘んですぐ食べられるベリーなら面倒もなくていい。


 一族を失った場所でもあるが、この身を育んでくれた土地でもある。そして今またここで、かけがえのない存在とささやかだが充実した暮らしを送っている。
 ミンクは恵み多きこの森に深い感謝を捧げた。


                                  END.



 ミンクさんの故郷については本編でどこの国とも記述がなかったので、北米・ロッキー山脈付近をイメージしています。
 同じくらいの気候らしい?カナダ在住の方のブログで山菜採りに行ったお話を読み、ミン蒼夫婦も山菜摘みに行けばいいよ!とこの話を思い付きました。
 5月〜6月くらいがシーズンだと言うので、6/30のイベントにコピ本で…と思ったのですが、コピーが間に合わず、どうせなら文章見直すかと推敲してたら(実際誤字だらけだったし…orz)UPが遅くなってしまいました。
 ご感想などいただけましたら幸いです。
                                  20130709


 before(2P). . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .