【美味しい森】2P
椅子から立ち上がり、喜びを全身で表現するかのようにミンクに抱きつく。大袈裟な。とは思うものの悪い気はしない。
しかし、何も纏っていない肌と肌を触れ合わせたことで、蒼葉の体が冷え切っていることに気が付いた。
抱き返した腕で蒼葉の滑らかな背を撫でる。
「冷え切ってやがる。ったく、風呂上りにいつまでも裸で居るからだ」
「ん……。パソコンの電源入れて起動するまでの間に服着ようと思ってたんだけど、バタバタしてたら先にパソコンが立ち上がっちゃってさ、すっかり忘れてた……」
うっかりにも程があるとは思ったが、どうせ脱ぐのだからと不精をしていたわけではないと知り、ミンクは小さく安堵する。
まだ湿っている髪の生え際に口付け、そのままベッドへ運ぼうとしたのだが、何を思ったか、蒼葉は突然ミンクから離れた。
「買い物行かねーと!」
「何言ってやがる。買い物なら、つい今しがた済ませてきただろうが」
買い忘れの品はないことを確認したはずだ。
「違うって。さっき調べてたら、山菜ってそのままじゃ食べられないみたいでさ。下処理に必要な物とかあるし、料理するにしても、レシピ通りに作るんなら材料全然足りねーし」
言うが早いか、蒼葉は慌ただしく出掛ける準備をしはじめる。
「蓮! 山菜料理に使う食材のピックアップ頼む」
『了解した。しかし蒼葉、良いのか?』
さすがに蓮も戸惑っている。
服を着ようとしていた蒼葉は、その時になってようやく自分が下着すら穿いていないことに気付いたようで、耳まで赤くしながら下着とズボンを掴んでシャワールームに隠れた。蓮の問いは耳に届いていなかったのだろう。返事はない。
それらを身につけ、髪にもブラシを掛けた状態で飛び出してくると、長袖のシャツに袖を通し、ジャケットを羽織ってバッグを背負う。仕上げに蓮を小脇にかかえた蒼葉は、ミンクに向き直った。
「ミンクごめんな〜。なるべく早く済ませて戻るから!」
そして、あたふたと部屋を出て行ってしまった。
『残念だったな』
それまでずっと傍観を決め込んでいたトリが、ぽつりと呟いた。
森から戻ってすぐに、火を熾して湯を沸かしてくれと頼まれた。
ミンクは黙って指示に従う。日が暮れれば気温は急激に下がる。遅かれ早かれ火は熾すつもりだったので否やはない。
水を汲んだ鍋を焚き火に掛け、火の加減を調節していると、買い物袋を持った蒼葉が傍らに来た。
「隣、いいかな?」と言うので頷くと、蒼葉はミンクが座っている木材の横に腰を下ろして新聞紙を広げる。
そこに買い物袋に詰めてあった摘みたての山菜を出し、茎の部分にある葉状の何かを剥きはじめた。
「何をしている?」
「ツクシの袴取り。この部分は茹でても食えないんで予め剥いとけって書いてあったんだ」
食べ方を調べた際に仕入れた知識らしい。
そう難しい作業ではないようだが、お世辞にも器用とは言えない蒼葉は梃子摺っている。
その調子では摘んできた分の処理を終える頃には真夜中になってしまいそうで、見かねたミンクは手を出してしまった。
「あ、いいよ。俺がやるから……」
身を屈めて山菜を摘み上げると、蒼葉は慌てて止めようとした。
「テメェの我儘に付き合わせちゃ悪いと思うのは殊勝だが、手間取れば結局こっちに皺寄せがくる。他にも別の草を摘んできているだろう。そっちの下処理とやらでもやっていろ」
蒼葉は申し訳なさそうに表情を曇らせたが、少し考えてミンクの提案を受け入れた。ツクシの袴取りをミンクに任せ、別の山菜が入っている袋を取りに行く。
こまこまと働く蒼葉は心底楽し気だった。
その姿に和まされる反面、自分より山菜に関心が向いているのがミンクには少々面白くない。
昨晩、折角宿を取ったにもかかわらず、二度目の買い物から帰ってきた蒼葉は、翌日の森歩きに備えたいからと早々に寝てしまった。
珍しくミンクより早く起きた今朝は早く森に帰りたいと言い出し、昼頃に帰り着くと今度は、山菜の生えている場所を教えてくれと頭を下げてきた。
まさか話が出たすぐ翌日に行くとは思ってもみなかったミンクは唖然としたが、連れて行くと言ってしまった手前もある。場所を教えたとて辿り着けるとは思えず、そもそも銃も撃てない人間一人とお供の小型犬タイプのオールメイトだけで森に入るのは危険なので、結局ミンクは蒼葉を目当ての場所に案内する羽目になった。
いいように振り回されている自覚はある。
嫌だと言えば蒼葉は素直に諦めるだろうに、無理して作るに違いない笑顔を思うと、撥ねつけることもできないのだから始末が悪い。
……そんなことを考えている内に、積まれていたツクシの袴は全て綺麗に剥かれていた。
作業を終えたことを伝えると、蒼葉は引き取ったそれですぐに調理をはじめる。コイルに落としておいたレシピを確認しながらなので手際は怪しかったが、陽が沈む頃にはツクシを使った副菜二品が出来上がっていた。
火を使う順序を工夫し合間に炊いておいた白米と併せて夕食になる。
初めて口にする料理だったが、味は悪くなかった。
調理した当人も初めての経験で不安だったらしく、味の感想を求められたのでその通りに答えると、蒼葉は安堵の溜息を吐いた。
「良かったー。ネットで調べた通りに作ったつもりだったけど、レシピじゃ味までは分かんねーし、ちょっと自信なかったんだよな」
「その味の分からねぇモンを他人に食わせようってんだから、いい度胸だな」
「うー。ごめん……」
軽挙を指摘された蒼葉は、肩を竦めて小さくなった。
「ところで、摘んできた草はコイツだけじゃなかったはずだが、他はどうした」
確か二種類あったはずだとミンクは周囲を見渡す。作業台の上に、桶が二つ載っているのが目に留まった。
「灰汁抜きに半日水晒しが必要なんだってさ」
「すぐには食えないのか? 面倒だな」
「そこが良いかなって。上手く言えないけど、便利じゃないところが新鮮つーか」
言わんとすることは分からなくもない。だが、所詮は都会育ちの好奇心としかミンクには思えない。
「まぁでも確かに、面倒つか疲れたかも? 結構森の奥まで行ったし、立ったりしゃがんだりしたし」
「食うに困ってねぇのに、わざわざ苦労しに行ってりゃ世話ねぇな」
蒼葉は不意に真顔になり、少し困ったようにミンクを見た。
「ミンク……なんか機嫌悪くね?」
選ぶ言葉が辛辣になり気味なのはいつものことだが、蒼葉はそれだけではないと薄々勘付いたらしい。
「我儘言った自覚はあるから、それで怒ってんならホントに悪かったって……謝るよ」
「今謝ったところで、どうせまた興味をそそられるモンが見付かりゃ、反省したことも忘れて突っ走るのが目に見えてる。空いた時間に何しようとテメェの勝手だが、益体もない情報を収集するために宿を取ったわけじゃねぇだろうが」
蒼葉は見る間に頬を紅潮させた。
「……あ、や、うん。……ごめん」
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