re:connectミンクGOOD√の”それから”。ちょいR18。
【Don't be worried.】1P
夕食の準備は全て整った。
今日の献立は蒸し野菜のクリームソース掛けだ。出来合いの固形ルーが手に入らなかったこともあり、この機会にホワイトソースを一から作ることに挑戦してみたが、初めてにしてはそこそこ上手くできたと思う。
風呂もすでに沸かしておいた。帰ってきたミンクが、どちらを先にするか選べるようになっている。
ぐるりと辺りを見回した蒼葉は、とりあえず遣り残したことはないとみて、壁に掛けてある時計に目を向けた。何事もなければ、そろそろミンクが帰ってくる頃だった。
あらためて時間を意識すると、急に気持ちが落ち着かなくなってくる。
「えーと……」
蒼葉は微かに頬を染め、視線を泳がせた。食卓に用意しておいた食器の上に被せた布巾を意味もなく捲って、また元に戻してみたり、鍋のシチューを味見するでもなくレードルで掻き混ぜてみたりする。
『蒼葉。椅子に座るなどして少し落ち着いた方がいい。心拍数の増加と、僅かだが体温の上昇が認められる』
キッチンをうろつく姿を見かねた蓮が声を掛けた。
「あ……。うん……」
言われるまま椅子に腰を下ろしてはみたものの、それで何が変わるわけもない。
こうして、そわそわと浮かれる胸を持て余しつつミンクの帰りを待つことが、すっかり毎晩の日課となってしまった。
・・・
食卓に両肘を突き頭を支える姿勢を長いこと続けていたら、負担が掛かったのか、下顎に軽い痛みを感じた。
座り直して椅子の背に凭れ、手は腿の上に投げ出して俯くと、意図せずして溜息が漏れる。
時計は、もう見ることを止めた。だから蒼葉は今何時なのかを知らない。もしかしたら、そろそろ日付が変わる頃かもしれなかった。
作っておいた夕食はとうに冷めている。確かめに行ったわけではないが、風呂の湯もそうとう温くなってしまったことだろう。
なのにミンクはまだ帰って来ない。
想いが通じ合う前のあの時とは違い、必ずここへ帰ってくると信じてはいるが、時間が経つにつれ不安ばかりが募るのは、どうしても抑えきれなかった。
当人に戻る気があっても、望み通りにならないことなどいくらでもある。帰りが遅いのは単に仕事が長引いているだけだと、頭の中の冷静な部分ではちゃんと心得ている。
それでも時折、不吉な想像が脳裏を過って、その度に蒼葉は胃の底が凍るような思いをした。帰り道の途中で事故にでも遭ったのではないかと、家を飛び出し、捜しに行きたい衝動に駆られては、自分を叱咤し、動揺するなと言い聞かせることを繰り返している。
今どこで何をしているかさえ分かっていれば、こんな恐怖にも近い思いに苛まれることはなく、一言でも声が聞けさえすれば、安心していつまででも待っていられるのにと思った。
しかし、蒼葉はミンクが持つコイルの番号を知らなかった。仕事も、どこで何をしているのか全く知らない。逆に、ミンクも蒼葉のメールアドレスやコイルの番号を知らないはずだから、連絡を寄越すつもりがあっても、できないということは考えられた。
蒼葉がミンクにそれらのことを訊ねていない理由は、信頼しているから。の一言に尽きる。
ミンクが自分を裏切るような真似をするとは微塵も疑っていないから、どんな仕事をしているのか訊いてまで知る必要はないと思い、日々、ミンクが気持ち良く出掛けられるように、帰ってきた時には寛いで疲れを癒してもらえるようにと、そればかりを考えていた。月の収入が幾らあるのかも訊いていないし、それについては特に知りたいとも思わない。
コイルの番号もメールアドレスも、必要が生じればミンクのほうから話を切り出してくるだろうと、向こうがその気になるまで待つつもりだった。
けれども今は、せめて、自分のメールアドレスくらい押し付けてでも教えておくべきだったかと後悔している。
蒼葉はスリープモードにして空いた椅子の上に載せておいた蓮を引き寄せ、起動させた。
目を開いた蓮はいつものように目覚めの挨拶を口にしたが、蒼葉の様子がおかしいと気付き首を傾げた。
「なぁ蓮。お前、トリ…ルラカンからミンクのコイルの番号とか聞いてない……よな?」
『俺たちは主の許可がない限り個人情報を遣り取りすることはない。ミンクがコイルを持っていることは知っているが、番号は記録していない。……すまない』
「だよな〜。分かってる。聞いてみただけだから、お前が謝ることないって」
『あと数時間と経たないうちに夜が明けるが、ミンクはまだ戻ってきていないのか?』
「うん……」
沈んだ声で頷くと、蓮は困ったように耳を伏せた。
『蒼葉。ミンクは必ず帰ってくる。だから、無理して待たずに少しでも眠ったほうがいい』
蒼葉はゆっくりと首を横に振った。
「ミンクは絶対帰ってくるって信じてるよ。だからこそ起きて待ってたいんだ。先に寝ちゃってたら出迎えてやれねーだろ?」
『蒼葉……』
「ごめんな」
小さく詫びた蒼葉は、蓮の額を軽く押して再びスリープモードに落とした。諦めるように目を閉じた蓮を胸に抱いて、柔らかな被毛に顔を埋める。
蓮が自分の体を気遣って意見してくれているのは理解していた。実際、精神的に摩耗しているし、断続的に眠気が襲ってきている。
それでもミンクの帰りを待ちたい。これは、ただの我儘だ。
胸から込み上げてくるものをどうにか遣り過ごした蒼葉は、蓮を元の場所に寝かしつけた。被毛を二、三度撫でてから手を引く。
それからしばらくの間は項垂れていたが、深呼吸で気持ちを入れ替え顔を上げた。
時計を見ようと首を巡らせたところで、玄関のほうで物音がしたことに気が付いた。
「……!!」
蒼葉は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、キッチンを飛び出した。
玄関ドアを手持ちの鍵で開けて入ってきたばかりのミンクは、バタバタと駆け込んできた蒼葉を見るなり目を見開く。
一瞬躊躇したものの、蒼葉は心のままにミンクの胸へ飛び込んだ。蒼葉の行動を察していち早くミンクの肩から離れたトリは、主よりも一足先に家の奥へ飛んでいく。
「お帰りミンク!」
「まさか、ずっと起きて待ってたのか?」
片腕を背に回してその体を抱き返したミンクだが、当惑の表情で蒼葉の顔を覗き込んだ。
「起きてたよ。ずっと」
「……」
「あっ、でもアンタが帰って来ないんじゃないかとか、そういう心配をしてたわけじゃねーから! その、こうやってちゃんと出迎えたかっただけで……」
ミンクが眉間に深いしわを寄せたのを見て、蒼葉は慌てて弁明した。ミンクは蒼葉の言葉を信じたようだが、目を閉じて溜息を吐いた。
「分かった。じゃあもう寝ろ」
「飯作ってあるんだけど。風呂も……。どっちも冷めちゃってるから温め直さねーと」
「こっちで勝手にやるからいい」
そう言って体を引こうとしたので、蒼葉は剥がされまいと、より強い力でミンクにしがみ付く。
「……おい」
微かな苛立ちを含んだ声が頭上から降ってきたが、蒼葉は更に腕に力を込めた。
「ごめん。ミンクも疲れてるの分かってるけど、もうちょっとだけ」
「また、か。全く世話の焼ける……。少しだけなら付き合ってやる。とりあえず座らせろ」
「ん……」
密着したまま居間に移動し、ソファに腰を下ろす。その段になってようやく、蒼葉はミンクの背に回していた腕を解いた。半ば凭れ掛かっていた体を起こしたはいいが、今になって自分の行動が恥ずかしくなってきて、ミンクの顔を正視できなくなる。
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