【雲の切れ間から光射す】3P
「帰るぞ」
必要な分を手に入れたら、それ以上は欲張らない。そんなことからも、これは楽しむためではなく生きるための狩猟なんだと思い知った。
「なぁ、これ、どうやって料理するんだ?」
帰りの道すがら訊ねると、皮を剥いでから内臓を出す。と、短い答えが返ってきた。
「狩りでは全く役立たずだったからな。せめて、自分が食う分くらいは自分で解体しろ」「う、わかった……」
ところが……
役立たずの汚名を返上しようと兎の解体に挑んだ俺は、手順その1で早くも白旗を上げてしまった。いや、実際にはその1ですらない。わざわざミンクが皮を剥ぐ手順を実演しながら説明してくれたのに、それを見ているうちに気分が悪くなってしまった。
「テントの中で寝ていろ。残りは俺がやっておく」
「……ごめん」
すごすごとテントの中に引き下がり横になる。頭の中は情けない気持ちで一杯だった。
何でも完璧にこなせるとはミンクだって思っていないだろうけど、使えなくはないって程度には働いて、少しは成長したと認めてもらいたいのに、現実には足を引っ張った上にこの体たらくだ。
吐き気と自己嫌悪で酷い顔になっている俺を、蓮が心配げに覗きこむ。
『蒼葉、精神的にも体力的にも大きくダメージを受けているようだ。少し仮眠をとったほうがいい』
「そうする……」
だいぶ薄くなってきたもののまだミンクの匂いがする毛布に包まり、勧めに従って目を閉じると、蓮が優しく額を合わせてきた。
『……として……いささか……が……訊ねても……か』
「……だ……、……」
外から聞こえる話し声で目が覚めた。
眠りの底から浮上したての頃は不明瞭な音でしかなかったそれは、意識がはっきりしてくるにつれ、ちゃんとした会話として聞こえてくる。
トリがミンクに何やら話し掛けているようだった。
『……俺が見る限り、ミンクは故意に蒼葉へ難題を課しているようだが、あれでは慣れる前に蒼葉が疲弊してしまうぞ?』
「ここの暮らしに慣れさせようなんて思っちゃいねぇ。帰れと言って聞かなかったから、泣いて逃げ出したくなるよう仕向けてんだ」
『それは無駄な行為だと思うが? 蒼葉は決して自分から帰るとは言わないだろう』
「……だろうな。アイツは強くなった」
『わかっていて何故、無駄なことをする。そう望んだのだろう? その通りに成長したことを喜びこそすれ、邪険にする理由が分からない』
「生まれの不幸を乗り越え、自分で自分の道を切り拓けるようになったのなら、俺などもう必要ではないだろう。俺の後をつけまわしている暇があるなら、他に有意義な生き方を探したほうが奴のためだ」
『……フム』
そこで会話は途切れた。
一字一句聞き漏らすまいと息を殺して布1枚向こうの様子を窺っていた俺は、最初こそミンクの意図を知って腹を立てたが、逆に、それが彼の本心なのかと思ったら胸が苦しくなった。
一族の仇を討ったら後を追うつもりだったミンクが、死なずにタワーを脱出し生きて故郷の森に帰ってきたのは、ひとえに完全崩壊寸前のタワーに飛び込んでいったトリのおかげだろう。俺も「死んでほしくない」とは言ったけど、それでミンクが生き続けることを決めたと思うほど自惚れてはいない。
死を諦めたミンクが代わりに望んだのが、祖先から受け継いだこの土地で1人ひっそり暮らすことだとしたら、確かに俺は招かれざる客だ。俺の前に姿を現したのは、受け入れてくれたからではなく、どこまでも追ってくるのに業を煮やして、俺が自発的に帰りたくなるよう仕向けるためだったのか?
以前の俺よりは成長してるって認めてくれてたみたいだけれど、俺がミンクのことを知りたいと願う程には、ミンクは俺に関心を持っていないのかもしれない。
ミンクの思惑など構わず自分の意思を貫き通すと固く決意したはずなのに、俺の気持ちだけが空回りしている現実を見せつけられると……鼻の奥がツンと痛くなってきた。
それでも、帰る気になったかと問われれば答えはNOで。
しがみついてでもまだここに居たい。
つくづく諦めの悪い性格になったと自嘲しながら、目頭を熱くする波が去るのを待つ。しばらくして、普段の顔を作れるようになった俺は、意を決してテントの外に出た。
ミンクとトリが入り口の幕を押しのけて出てくる俺に気付いて、ほとんど同時に視線を寄越す。
ミンクの前には鉄串に刺して火に掛けられた肉が2つあって、食欲をそそる香ばしい匂いを辺り一面に漂わせていた。
急激に空腹を覚え、今にも鳴り出しそうな腹に慌てて手を当てる。
「食えそうか?」
俺の様子を見たミンクが訊いてきた。
「大丈夫。これ、あの兎の肉だよな?」
「他に何がある」
……愚問だった。
白い目で睨まれるのを笑って誤魔化し、定位置に座る。ミンクが缶詰2つと缶切りを投げてきたので、受け取って蓋を開け、うち1つをミンクに手渡す。
その頃には肉もちょうど良い加減に焼き上がっていた。あらかじめ調合してあった岩塩とスパイスの調味料を振りかけると、野性味溢れる串焼き肉が完成する。
「全部取り除いたつもりだが、散弾が残っている可能性もある。食う時は気を付けろ」
その言葉が、皮の焦げ目がいかにも旨そうなこの肉の元が、数時間前まで森を跳ね回っていた野兎だということを思い出させた。
俺は深々と頭を下げてから、火傷しないよう気遣いつつ串焼き肉にかぶりつく。
「うまっ!!」
思わず感嘆の言葉が口を突いて出た。
僅かに癖はあるものの、肉は歯が押し返されそうなほど弾力があるけど柔らかく、噛み締めると、旨みが複雑に絡み合った肉汁と蕩ける油が際限なく染み出してくる。スーパーで売られているパック詰めされた肉なんかとは比べものにならない。
夢中になって半分くらいまで一息に食べて、顔を上げた。
「こんな旨い肉はじめて食った。つか……兎が可哀想だとか思ってたくせに、食ったら美味しいとか、現金だよな俺」
ミンクは何も言わなかった。
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