【雲の切れ間から光射す】4P
「月並みだけど、食べるってことが命を貰うことだって実感した。頭では理解してるつもりでも、精肉済みで売られてんのしか知らなかったから、本当の意味で分かってなかったっつーか。ここで学んだことって沢山ある。森も山も写真で見るよりずっと凄ぇし、川の水があんなに冷たいってのも驚いた。焚き木集めて火を熾すのだって大変だし。……ここに来て本当に良かったと思う。何より、アンタと同じ風景が見れた」
ミンクが俺のことを追い出したくて、わざと森の厳しいところばかりを見せたんだとしても、俺は嫌だなんてこれっぽっちも思ってないって伝えたくて、殊更ゆっくり話す。
『フッ……1本取られたな』
「……黙ってろ」
ミンクが地の底から響くような低い声で恫喝したのに、トリが全く気に掛けない様子で首を傾げたのがおかしかった。
それから食事を終えるまで一言も交わさず、食後の片付けが終わったら特にすることもないので、いつもと同じ流れで就寝時間になる。
ミンクは今晩もまた外で夜を過ごすつもりらしい。
不機嫌を絵に描いたようなミンクにおやすみを言ってテントに入り、蓮に明朝のモーニングコールを頼んでいると、突如外で大きな物音と羽ばたきが聞こえた。
「な、何?!」
何事かと顔を出すと、ミンクが仁王立ちになって近くの木の枝を睨んでいた。枝にはトリが止まっていて、どうやら諍いがあったことが窺える。
「早く寝ろ」
ぽかんとしていたら、俺まで怒られてしまった。
ミンクと再会して6日目の朝は、バイクの爆音で目が覚めた。
どちらかと言うと朝が得意でない俺でも飛び起きてしまうくらいの音量で、マジで心臓が口から飛び出すかと思った。
「ミンク?」
慌ててテントを飛び出した時には、ミンクを乗せたバイクはすでに走り去っていた。
出掛けるとの一言もないまま置き去りにされて、俺は困惑する。
『起きたか』
羽ばたきの音とともにトリが降りてきた。
「あれ? お前、ミンクと一緒じゃないのか? つか、ミンクどこ行ったんだ?」
『気にするな』
「気にするって! 昨晩から機嫌悪そうだったけどさ、何も言わずに出てくって酷ぇよ」『1人になって考えたいことでもあるのだろう』
「1人って……俺のせい?」
俺がいるせいでミンクのプライベートな時間が失われているのは分かっているから、申し訳ない気持ちになった。
『気にするな』
「だーかーらー、気にするって。……考えたいことって、どうやって俺を追い返そうかとか、そういうこと……かな」
『やはり昨晩の話を聞いていたのか』
トリの、オールメイトらしからぬ思慮深げな目が俺を見つめた。
「あ……う、ん……聞いてた。ごめん」
言い繕っても仕方ないから、素直に認めて謝った。
ちょうどその頃、目覚ましを頼んでおいた時間になって、蓮がむくりと動き出す。起こす対象の俺がすでに目を覚ましているのを疑問に思ったようだけど、いつもの様子で俺の傍に来た。
『おはよう、蒼葉。今朝は早いな。……ミンクがいないようだが?』
「おはよう、蓮。ミンクはバイクで出掛けた」
蓮は『そうか』とだけ言って、緩く尻尾を振った。こういう時、蓮は何かあったと察していても、言葉を控えて黙っていることが多い。そんな蓮の頭を軽く撫でて、俺は再びトリに目を遣った。
「なぁ。ここに俺が居座っているのって、やっぱミンクにとっては迷惑なのかな?」
肯定されても凹むだけで物わかり良くなんかなれないくせに、我慢できなくて訊いてしまった。
『ミンクがいつ迷惑だと言った?』
「いや、だって、何度も帰れって言うし。それでも帰らないから、俺が自分から帰るって言い出すよう仕向けてんだろ。それって…」
『とんだ早とちりだな。ミンクが帰れと言い続けるのはお前のためだ。ミンクは、お前が自分を追い続けることで、限りある人生の時間を無駄にしていると心配している』
「そんな理由で……。無駄かどうかなんて、俺が決めることじゃないか」
『全くその通りだ。だが、ミンクは本気でそう考えているようだ。まぁ、そう考えるということは、自分が無為に過ごしている自覚があるということでもあるがな』
まるで、ミンクの現状を嘆くか憐れむかしているような口調だった。
『だから俺は、蒼葉がここに留まり続けることを望んでいる。欲を言うならば、もっと積極的にミンクの生活に干渉してくれれば良いと思っている』
「それ、ミンクの希望とは真逆なんじゃないか? お前はミンクのオールメイトなのに、俺をそんな風にけしかけちゃっていいのかよ?」
『ミンクの意思を尊重することが、必ずしもミンクのためになるとは限らないからな。通常、オールメイトの行動は主人の役に立つか否かを判断した上で決定されるが、命令されたことを忠実に実行するだけならば、ただの機械でもできる。優秀なオールメイトとは、たとえ主人の意思であっても場合によっては苦言を呈し、より良い選択肢を提示することができるものだ』
『その考えに賛同する』
唐突に蓮が口を開いたから、俺はちょっとびっくりした。見ると、トリはこころなしか胸を張っているようだし、蓮も嬉しそうに尻尾を振っていて、どちらもどことなく誇らしげだった。彼らには彼らなりのプライドとか意地があるらしい。
俺の脳裏にふと、崩壊寸前のタワーに突っ込んでいくバイクの後姿がちらついた。あの時もトリは、意に反していることは承知の上でタワーに戻り、ミンクを説得して脱出させたんだろう。そして今も、ミンクにとって最善の道を模索している。
蓮が俺の行動を咎めないのは、それが俺にとって良いことだと思っているからで、トリも、ミンクのためには俺がいたほうが良いと考えてくれているのだとすれば、これ以上に心強い援軍はなかった。
「トリも俺のこと応援してくれるんだ。ありがとな」
『蒼葉のためではない』
「くく……。いや、うん。分かってるって」
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