【雲の切れ間から光射す】6P


 眉間にしわを寄せたミンクが立ち上がり、大股で焚き火を跨ぎ越して俺の間近に迫る。
 胸倉を鷲掴みにされて持ち上げられたので殴られるかと覚悟したが、拳が飛んでくることはなく、けれども凄い力でテントのほうへと引き摺られていく。
「そういうナメた口を利く奴を、わざわざ手許に置いて面倒みてやる道理はねぇな。陽が昇ったら、ここから出てってもらう。とっとと寝ろ」
 腕力では到底敵わないと分かっていたけど、俺は必死に暴れて抵抗した。
「離せよっ!! 全部自分の中で完結して他人には何にも話さないくせに、脅しと力ずくで思い通りにしようとするとこ、アンタ、以前とちっとも変わってない! 図星ならそう認めればいいだけだろ。迷ってる自分を晒すのがそんなに怖いのかよ!?」
 無茶苦茶に動いたせいか、締め上げる腕の力が少しだけ弱くなる。振り解いて抜け出すこともできたけど、逆にミンクの服を掴んで体を寄せた。
「迷ってるなら迷ってるでいいんだ。平穏に暮らせてるところから1歩踏み出すって、面倒だし、先が見えねーから怖いし。それは俺自身が通ってきた道だから解る。それで全然かまわないから、隠して1人で抱え込まないでくれ。……俺はアンタのことが知りたい。一緒に居て、同じモン見て、同じモン食って、いろんなものを共有しながら一緒に考えることができたらいいって思ってる。そのために、ここに来たんだ……」
「……テメェ、自分が何言ってるのか、分かってんのか」
 ミンクは訝しげに細めた目で俺を見た。その目が逸らされないよう、挑むような気持ちで睨み返す。
「当然。……なぁ、俺は思ってること考えてること全部話したぜ。アンタが欲しいから。覆ってる全てを捨てないと本当に欲しいモンは手に入らないって、言ったよな?」
 返事はなかった。
 ミンクは険しい目のまま口を引き結び、俺はミンクの服にしがみついたままその顔を見上げ続けた。交わす言葉がないと、耳に聞こえるのは焚き木の爆ぜる音と互いの息遣いしかないから、早鐘打つ心臓の音が筒抜けになってそうだと、頭の端で微かに思う。
 沈黙が長びいてさすがに不安になってきた頃、ふと、ミンクが目を閉じて深い息を吐いた。纏っていた空気も和らぐ。
「……ミンク?」
「バカが……」
 言葉と同時に強い力で抱き締められた。
 肩口に埋められた顔の、肌に触れる部分が焼けた石のように熱い。
 耳元を掠める息にぞくりとして身動ぎすると、背に回された腕の力が更に強くなる。
「バカが……」
 2度も言うことねーだろ。
 抗議してやろうと思っていたら突然拘束が解けて、少し苦しげな表情を浮かべたミンクの顔が真正面に来た。
 名前を呼ぼうとしたけど、できなかった。
 荒れ気味のカサついた唇が、薄く開いていた口を塞ぐように押し付けられている。
 驚いて口を閉じようとしたものの、下唇を柔らかく食まれて閉じるに閉じられない。
 ……ミンクと、初めてキス、している。
 それを実感した途端、体がカッと熱くなった。それまであまり意識していなかったミンクの匂い……シナモンに似た香りが鼻腔をくすぐり、脳の芯を痺れさせる。
 角度を変えて、舌を絡めて、また角度を変えて……そのたびに濡れた音と、どちらのものか判らない甘い声が漏れる。
 意識が半分飛びかけたところで、唇が解放された。
「ぁ……」
 糸をひいた唾液を、ミンクの指が拭う。
「歩けるか?」
 問われた言葉の意味を理解するのにちょっと時間が掛かったが、どうにか頷く。密着していた2人の体が離れると一瞬足元がふらついたけど、ミンクの大きな手が腰を支えてくれた。
「テントに入ってろ」
「……え?」
 まさか、この後に及んで、また外で寝るって言うのか……?
「……なんて顔しやがる。火の始末をしたら俺も行く。服脱いで待ってろ」



 言われるがまま大人しくテントの中に入ったものの、俺は迷っていた。
 服を脱いで待っていろって言うからには、これからそういうことをするんだろう。
 それはいい。別に今更だし、拒むつもりなんて毛頭ない。問題は、言われた通りに脱ぐかどうかだ。……と言うか、どこまで脱いでおけばいいのか、だ。
 全部脱いで待ってたら、がっついてるみたいでどうかと思うし、中途に脱いでおくのもなんか気が引ける。
 結局、思い切って全部脱ぐことにした。ほとんど俺から誘ったようなもんなのに、出し惜しみなんかしてたら、覚悟が足りないと思われそうで嫌だったからだ。
 でも、テントの外が暗くなって焚き火が消されたのがわかった時、脱いだ服を畳んでスリープモードにした蓮の前に積み上げていた俺は、急に恥ずかしくなって毛布を頭から被ってしまった。
 顔だけ出すと、ちょうどミンクが灯りの点いたランタンを手に、入り口の幕を上げて入ってくるところだった。俺はまともに見ていられなくて、咄嗟に顔を背ける。頬と耳が火照っているのを感じた。
 ミンクはそのランタンを俺が居るのとは反対側にあった木箱の上に置き、俺には背を向けたまま服を脱ぎはじめる。
 布が擦れる音に惹かれて盗み見ると、上半身が露わになったミンクがいた。揺れる橙色の光で縁取られた肌が絵のように綺麗で、目を奪われてしまう。
「どうした?」
 視線に気付いたミンクが振り返った。
「……別に」
 俺は慌てて余所を向いた。見惚れてたなんて、とても言えない。
 それでも察するところはあったのか、ミンクが微かに笑った気配がする。いよいよ居心地が悪くなって毛布を被ったままモゾモゾしていると、ミンクは敷布団がわりのマットの上に乗り上げてきた。
「……」
「……」
 顔を上げると、ミンクが俺をじっと見つめていた。
 そのミンクの両手が、俺の体を覆う毛布の端を掴む。腹を決めて閉じ合せていた手を放したら、そっと開かれた。
「……」
 呆れたような、もしくは困ったような溜息をミンクは吐いた。

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