【Shall we become a family?】2P


 蒼葉は一瞬唖然としてから、眉間にしわを寄せて肩を竦めた。
「とてもじゃないけど人間が敵う相手じゃないな。アンタ、それで良く生きて帰って来れたな。銃で追っ払ったとか?」
「……」
 ミンクは再び溜息を吐いた。だが、呆れ混じりだった先ほどとは様子を変え、苦く重い気配を滲ませている。
 その違いを察した蒼葉は、ふとあることに気付いて首を巡らせた。
「なぁミンク。ところで、トリはどうしたんだ? 姿が見えないけど……」
 問い掛けには答えず、ミンクは地面に放ってあったバックパックを手繰り寄せて、中を探る。猟に使う小道具や銃弾、ちょっとした保存食などが入っているはずのそれから出てきたのは、防水布に包まれた人の頭ほどの大きさの塊だった。
 それを突き付けられた蒼葉は、胸騒ぎを覚えつつも受け取り、防水布を捲ってみる。
「……トリ! 何で!?」
「そいつが、咄嗟に熊の顔面に体当たりして怯ませてくれたおかげで命拾いした。……直せそうか?」
 言われて、恐る恐るボディを引っくり返したが、一見したところ大きな破損個所は見当たらなかった。
「起動しないのか?」
「回収した直後に試した時には、不完全ながら立ち上がった。だが、すぐに落ちて、それきり動かねぇ」
「そっか。ちょっと持っててくれ。道具取ってくるから」
 トリのボディを包んでいた布ごとミンクに渡した蒼葉は、テントの中から私物の鞄を掴んですぐにとって返し、メンテナンス用の工具一式を並べてからトリを引き取る。
 チップ収納部分のカバーを外して、中に塵どころか砂まで入り込んでいるのに顔を顰めながらブロアーで丹念にそれらを吹き飛ばし、そっとチップを抜くと、小型のマグライトで照らして接続部分に異常がないかを確認した。
「水濡れはしてないんだよな? そっちのコイル貸して」
 蒼葉は、念のためアルコールに浸した綿棒で端子を拭ってからチップを収め、ミンクのコイルを借りてトリのメンテナンス画面を開く。その画面を開いたまま、トリの頭を軽く押して起動を試みる。
 結果は、芳しくなかった。しかし、起動はしなかったもののメンテナンス画面のほうには反応があり、とりあえず電源系統には問題がないことは分かった。
「基盤に問題があるのか、論理的に壊れてるのかはこれじゃちょっと分からないな。分解してみるにも、ここじゃなぁ……」
「直せそうもないならいい。手間を掛けたな」
 感情の見えない声でミンクは言い、動かないトリに手を伸ばした。
 蒼葉は、その手からトリを守るように体を捻った。
「なんの真似だ」
「……アンタに渡したら、捨てられそうだし」
「修理できないなら、そいつは壊れたガラクタでしかねぇだろうが」
「直せないとは言ってないだろ! ここじゃ無理だって言っただけだ。アンタ諦めるの早すぎ。それと、オールメイトをガラクタって言うなよな」
「俺に言わせれば、お前がモノに執着しすぎだ。……そう言うからには、場所を移せばどうにかなるのか」
「う……。絶対とは言い切れない、けど……」
 睨まれた蒼葉が気弱げに言葉を濁らせると、それまで黙っていた蓮が、蒼葉を庇うように2人の間に割って入った。
『蒼葉は、オーバルタワーの警備システムを破壊する際に過負荷で破損した俺を、元通り稼働できるよう修復した実績がある。オールメイトに関して、並み以上の知識と技術を持っていることは、俺が保証する』
「蓮、お前を修理できたのは羽賀さんにいろいろ教えて貰ったからで、俺一人の力じゃないって言ったろ。……かなり経験値は上がったけどさ」
 蒼葉は思いがけぬ過大評価に慌てたものの、表情を引き締めてミンクに向き直った。
「本当に直せるかどうか分からないけど、俺はトリを直してやりたい。出来る限り、思い付く限りをやってみて、それで駄目なら考えるけど、そこまでもやってみないで諦めるのは、俺は…嫌だ」
 ミンクは蒼葉と視線を合わせ、3度目の溜息を吐く。
「全く、お前は……。いや、いい。好きにしろ」
「ありがとう、ミンク! つか、ゴメン。でも俺、絶対にコイツを直してやりたいんだ。アンタの命を2度も助けたんだし、アンタの命の恩人てことは、俺にとっても恩人みたいなモンだしさ」
 蒼葉がパッと顔を輝かせると、ミンクは眩しいものを見たかのように目を細めた。



 翌日の午後、2人は最寄りの町に1軒だけある宿の部屋の中にいた。
 到着して早々、蒼葉は備え付けのPCを立ち上げてクラウドサービスに預けてある仮想デスクトップを呼び出し、以前、蓮のために構築したオールメイト修復プログラムの改変に取り掛かる。
 その間に、手が空いているミンクが、作り溜めておいた薬草を仲買人に売って現金に換えてくる手筈になっていた。
 すぐに作業に没頭して、食い入るように画面を見つめつつキーボードを叩く蒼葉を少し離れた場所から見遣ったミンクは、声を掛けようとして躊躇い、結局、何も言わずに部屋を出た。
 このところの外出には、ほとんどの場合、蒼葉かトリが同行していたので、全くの単独行動は久し振りだった。
 だが、そんな時に限ってハプニングに見舞われるのが世の常で、なじみの仲買人のところでは、先に入ってた商談が長引いて予想外に待たされ、その後に軽食を調達すべく立ち寄った店でも、調理器の不調とやらで足止めを食らってしまう。
 待つことはさして苦ではなかったが、ふとした折に1人でいることに気付かされると、持て余す時間はより長く感じた。
 用が済んで宿に戻る足取りが自然と早くなる。
 微かに息を弾ませながら部屋のドアを開けたミンクを待っていたのは、出掛ける前とほぼ変わらぬ姿勢でPCに向かっている蒼葉の姿だった。
 不用心なことに、蒼葉はドアが開いたことにすら気付いていない様子で、代わりに、彼のオールメイトが毛玉のような尾を振りながら、トコトコと歩いて迎えに来る。
『おかえり。少々遅かったようだが?』
「行く先々で足止め食っただけだ。遊んでたわけじゃねぇよ」
『遊んでいたと疑っているわけではないが……。そうか、大変だったな』

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