【Shall we become a family?】4P
十分な睡眠を得て自然に目を覚ました蒼葉は、現在自分が置かれている状況を把握した途端、ちょっとした恐慌状態に陥った。
かなりあやふやな記憶ではあるが、確か自分は1人で布団に入って、そのまま寝付いたはずではなかったのか。
だが、目の前にはなめし皮のような黄褐色の壁がある。頭の下に敷き込んでいるのは筋肉の乗った腕に間違いなく、もう一方の腕も腰に回されている。つまりは、ミンクの腕の中に抱き込まれているのだ。
驚いて、掛布団を跳ね上げる勢いで起き上がると、ミンクも目覚めて頬を紅潮させている蒼葉を見上げた。
「どうした」
「どうした…じゃなくて! アンタなんでこっちで寝てるんだよ!」
部屋にはシングルのベッドが2つあるのだから、わざわざ狭いところに男2人(しかも1人は平均よりもかなり大きい)がぎゅうぎゅうに詰まって寝る必要はない。しかも、腕枕とは。
「いつもは布団一組しかないから仕方ないけどさ、折角ベッドが2つあるのに、手足伸ばして寝たいとか、思わなかったのかよ」
「体を伸ばして寝たかったのか」
「や、別に、俺は……」
窮屈であったかどうかも分からないほど熟睡していたので、蒼葉としては、そこに不満など感じようもなかった。問題があるとすればミンクのほうで、しょっちゅう就寝中に毛布を持っていかれただの蹴られただのと、この年齢になってから初めて寝相の悪さを云々された身としては、指摘した当人がどうして同じベッドで寝ようと思ったのか理解に苦しむ。まして、普通の恋人同士がするような甘ったるい真似をミンクがするとは到底思えなかったので、困惑してしまう。
「悪かったな」
言葉少なに謝ったミンクがベッドを降りようとしたので、蒼葉はその腕を捉えた。
「嫌だったとか、そういうんじゃねーから。誤解しないで欲しいっつーか……」
意図が掴めないのと気恥ずかしいので混乱しているだけだと伝えたかったが、言葉が見付からず、それだけ言うのが精一杯だった。どういう顔をしていいのかも分からなくなってきて、さらに耳と頬を熱くしながら俯く。
視線を逸らした先にベッドのヘッドボードがあり、そこに嵌め込まれたデジタル時計が目に入った。
そこに示されている時刻を見た蒼葉は、思わず大声を上げてしまった。
「えぇー!! 昼!? おい、蓮! 何で言った時間に起こしてくれなかったんだよ〜」
目覚ましを頼んだ時、はっきりとした時刻は確認していなかったが、2時間後ならまだ朝も早いうちだと考えた記憶がある。ところが、今の時刻はほぼ正午で、予定よりも5〜6時間多く眠ってしまったことになる。
『言われた通りの時間に起こそうと思っていたが、たった2時間の睡眠では蓄積していた疲労が解消されず蒼葉が体調を崩すと予測できたので、判断に迷った。だが、ミンクが睡眠時間の延長を了承してくれたので起こさないことにした』
隣のベッドにいた蓮は、主の命令に背いた理由を整然と説明した。
「なんだよ! お前らグルかよ。もう!」
むくれながらベッドを降りた蒼葉は、自分の鞄から着替えを出して、一目散にバスルームへ駆け込む。
少し熱めの湯を頭から被り、数年前では考えられないほど乱暴に髪を洗っていると、次第に気持ちが落ち着いてきて、冷静に物事を見詰め直せるようになってきた。
自分の体調を気遣ってくれた2人に腹を立てたのは、申し訳ないことをしたと素直に反省する。ミンクの添い寝の件はさておき、まずそれだけは謝っておかねばなるまい。
蒼葉は逸る気のまま急ぎ大雑把に体を洗い、全身の水気を適当に拭って慌ただしく部屋に戻ったが、ミンクの姿はそこにはなく、2人が眠っていたベッドの上に蓮がちょこんと取り残されていた。
『蒼葉。髪から滴が落ちている。服が濡れてしまうから早く拭いたほうがいい』
注意に従い、毛先の滴が零れぬようタオルで纏め上げてから、蒼葉は蓮にミンクの行方を訊ねた。蒼葉がバスルームに消えた後すぐに活動を開始したミンクは、何か食べるものを買ってくると蓮に伝えて、部屋を出て行ったとの答えが返ってきた。
「そうか……。あ、蓮。さっきはゴメン」
『さっきとは何のことだ? 蒼葉に謝罪してもらうようなことはなかったと思うが?』
「目覚まし、頼んだ時間に起こしてくれなかったからって、怒っちゃったろ。俺の体調を心配してくれてたのに、悪かったな…って。ミンクにも」
『そのことか。俺こそ、やはり頼まれた通りにすべきだったかと考えていたから、蒼葉が気にすることはない。ミンクもおそらく同じだろう』
「そうならいいけど。でも、俺の気が済まないし。こういうの有耶無耶にしちゃ良くないだろ?」
やがて帰ってきたミンクにも矛先を向けてしまったことを詫び、蓮を相手に交わしたのと大差ない遣り取りをして一応の満足を得た蒼葉は、ミンクが購入してきた食料で腹拵えし、気分も新たにトリの修理に取り掛かった。
逆コンパイルで得たソースコードに論理的な破損があるか否かのスキャニングをPCに接続した蓮に任せ、蒼葉は基板上の回路に断絶している箇所がないかどうかを、小型の測定器でチェックする。
壊れていた部品は早々に特定され、幸い手持ちのパーツにそれがあったことから、交換するだけで基盤側の修理は終了した。
もっと梃子摺らされるかと身構えていただけに拍子抜けし、故障とは言っても軽度の部類であったかと思いはじめていた矢先、蓮が、ソースコードの中に外部からの干渉が原因と思われるをエラーを発見したと知らせてくる。
「……衝撃でパーツが逝っちゃった時の異常電流かなんかで壊されたとか?」
『断言はできないが、その可能性が高い』
解析の結果、同様の破損箇所がいくつもあると蓮は言う。
「そんなものを、どうやって直すつもりだ」
傍で聞いていたミンクが、浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「どうやって、って。フツーに手で書き足して上書きするとか、他の人が解析したソースをネットで探して、そこからコピーして嵌め込むとか、そんな感じ?」
蒼葉の口振りは軽く、さして困難ではないような物言いだったが、そう簡単な話でないことはこの方面に詳しくないミンクでも理解できる。
「無理はするな」
「大丈夫。蓮を直した時に比べれば、まだ大したことないって。蓮がサポート入ってくれるだけで全然違うし。な?」
蒼葉は以前、苦労の末になんとか修復した相棒を信頼の眼差しで見詰めつつ、柔らかな被毛を撫でた。その姿を見たミンクは、ならばもう言うことは無いとばかりにベッドに戻って腰掛ける。
PCに向き直った蒼葉は、背筋を伸ばし、気合を入れるように深く呼吸してからキーボードに指を置いて、本当の大仕事に取り掛かった。
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