【Shall we become a family?】5P


 休みなく延々とキーボードを叩いていたかと思えば、不意に音がぱたりと止む。そういった時はマウスを動かしながらモニタを睨んでいるので、おそらく参考になる文献を探してネットの中を彷徨っているのだろう。
 顎に肘を突いて仏頂面をしていることもあるし、机から身を引いて腕を組み、首を捻っていたりもする。
 しかし、明らかに難航しているのが覗える時でも投げ出す素振りはなく、泣き言一つ漏らすことはなかった。
 途中、食事休憩や仮眠を幾度か挟み、作業は日付を2つ跨いでもなお続く。
 終わりが見えたのは、この宿に入って4日目の昼近くだった。
 破損していたプログラムを書き換え、論理破綻がないか入念にチェックした蒼葉は、問題は無いとの確信を得ると、完成したデータを専用のコンパイラに掛けた。
 それを、トリが入っていたのとは別の新しいチップに焼き付け、あらかじめ内部を清掃しコア部分も組み込んであったトリのボディのスロットに収める。
 後は起動するのみとなったところで、蒼葉は緊張に顔を強張らせて固まった。
『どうした、蒼葉。起動させないのか? ミンクが出掛けている内にトリの修理を完了させて驚かせるつもりだったのだろう? あまりゆっくりしているとミンクが帰ってきてしまうぞ』
「分かってるよ。けどホントにこれで大丈夫なのかなーって。怖いだろ?」
『そうなのか? だが、確認は何度もしただろう。大丈夫だ』
 その言葉に背を押されるように、蒼葉はトリの頭をそっと手を当て、起動させる。
 僅かなタイムラグを置いて、トリの目が開かれた。
「おい! ちゃんと動いてるか?」
 蒼葉の問い掛けに、トリは不思議そうに目を瞬かせた。
『ちゃんと。とはどう言うことか分からない。……ここは森の中ではないようだが、いつ移動した?』
「良かった! 直ってる!!」
 悲鳴に近い喜びの声を上げてから、椅子にぐったりと凭れ掛かった蒼葉を無視して、トリは蓮に説明を求める。蓮は事の次第をまとめたデータをトリに転送し、口頭でも手短に説明する。
 自分が機能停止し、この数日の間に修理されていたことを知ったトリは、納得したように頷いた。
『……そういう事か』
「すげー心配したんだからな。無茶すんなよ」
『最善の策を取っただけだ』
 熊と己の質量と力の差を考慮したら、目の周囲を狙って攻撃をするのが最も効率が良かった。と、トリは澄まして答えた。
「パートナーが命を落としたら、オールメイトは責務を果たせなかったことになる。ってんだろ。分かってるけど、こっちの身にもなれよなー」
『フ……覚えていたか。俺たちは機械だと言うのに、お前もおかしなヤツだ』
「機械だからとか、そういうの関係ねーから。蓮だってお前だって壊れたら俺は悲しい。だから、次同じことがあったら、壊れないように体当たりしろよ」
『覚えていたら善処しよう』
「可愛くねーの」
 口尖らした蒼葉だが、ふと、大きな欠伸をする。気が緩んだのか猛烈な眠気に襲われ、テーブルに横向きで頭を預けると、目をしょぼつかせて溜息を吐いた。
「ミンク、早く帰って来ねーかな……」
 一言呟いて目を閉じ、数秒後には寝息を立てていた。

 食料を調達して部屋に戻ってきたミンクが見たのは、ベッドから引き摺り下ろした上掛けの端と端をそれぞれ咥えて、悪戦苦闘しているトリと蓮の姿だった。
「本当に直しやがったのか」
 何事もなかったかの如く羽ばたいているトリに、さしものミンクも驚きを隠せない。
 蒼葉の持つ技術の高さと執念にも似た根気に感心したが、それはさておいて、2体のオールメイトに冷めた目を向けた。
「……で、お前らは何をしている」
『蒼葉が机に突っ伏したまま眠ってしまって起きない。このままでは風邪をひいてしまう恐れがあるので布団を掛けようとしていた』
 律儀な仔犬が言う通り、机の上に散らばったままの工具やパーツ類に埋もれるようにして、目の下にうっすらと影を落とした蒼葉が眠っている。
『できれば蒼葉を、ベッドまで運んでもらえるとありがたいのだが』
 言われなくても。と口で言う代わりに溜息を一つ吐き、ミンクは蒼葉を抱え上げた。



 バッテリーが切れたかのように眠りに堕ちた蒼葉は、そのまま一度も目覚めないまま寝続けて、翌朝もだいぶ遅い時間になって起床した。
 宿を引き払ってから町中で食事を済ませ、暗くなる前にと、急いで住処の森へ帰る。
 翌日からは、もう普段通りの生活に戻っていた。
 が、目立って変化した点が1つだけあった。
 バイクのメンテナンスを終えたミンクは、会話に花を咲かせている1人と2体をちらと見遣る。
「おい」
 声を掛けたが、彼らには聞こえていないようだった。
「おい!」
 語気を強めてもう一度呼び掛けると、1人と2体が一斉に振り返る。
「何?」
 用件を訊く蒼葉の肩にはトリが、膝には蓮が載っている。どういうわけか、修理を終えてからトリは妙に蒼葉に懐き、傍に居たがるようになった。
「水で濡らしたタオルを持って来いと言ったはずだ」
「え?」
『そう言えば、そんな用事を頼まれていたな』
「お前なー。そういうのは話に加わる前に、先に言えっての」
 濡れタオルを蒼葉に作らせるようトリに言いつけたのが、行った先の会話に首を突っ込んで、肝心の用件を伝え損ねていたらしい。
 慌てて膝の上の蓮を地面に下ろした蒼葉が、タオルをポリタンクに汲んである水で濡らし、適度に絞ってからミンクの許に持ってきた。ミンクはそれで顔と首筋の汗を拭い、手の汚れも擦り落としてから、まだ蒼葉の肩に載ったままのトリを睨みつける。
「テメェは、まだぶっ壊れてるようだな」
 オールメイトが、主に言いつけられた用を忘れてお喋りに興じていては話にならないだろうとのつもりでミンクは言ったのだが、困った顔をしたのは蒼葉だった。

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