【一緒に!】2P


「うわ!」
「こっちだ」
 バランスを崩したまま、半ば引き摺られるようにして細い路地に入った。
 そこには既に先客が数名いたが、ミンクは彼らを押し除けて足早に奥へ向かう。
 通り抜けて別の道に出るのかと思いきや、ミンクは途中にあった建物と建物の隙間へ迷うことなく足を踏み入れた。
「こんな狭いとこ入って、どうすんだよ?」
「……」
「逃げないのかよ?なぁ」
「……」
 俺の問いに応えず、ミンクは大きな体を横にして壁と壁の間を進んでいく。
 ここに隠れて遣り過ごすつもりなのかとも考えたけど、暗い場所とは言え覗き込まれれば人がいることはすぐにバレてしまうだろうから、良い案だとはとても思えなかった。多少遠くはなっているものの、メガホンを通した悪島の濁声も、警官、野次馬たちの怒声や悲鳴もまだはっきりと聞こえてくるから、こんな近くにいて大丈夫なのかと不安でしかたない。
「ミンク!」
 掴まれている腕を振り解こうとすると、ミンクが幾分腹を立てたような表情を浮かべてこちらを見た。
「うるせぇな。捕まりたくねぇなら黙ってついてこい」
 そして、現れた横道に入る。これでさっきの路地からは姿が見えなくなり、俺はちょっと安心する。
 さらにもう一度、現れた角を曲がると、四方を建物の壁で囲まれた狭い中庭のような場所に出た。
「こんな場所があったんだ? 表からは全然、想像もつかねーな!」
 驚きつつ、でもどうしてミンクがこんな場所を知っているのか不思議に思った。
 訊いてみたいけど……訊いたところで「教える筋合いはねぇよ」とか言われるのがオチだろうな。
 ミンクに掴まれたままだった腕が解放されたので後退るように少し距離を取ると、ミンクはその場に立ったまま上を仰ぎ、空に向かって「おい」と呼び掛けた。誰か居るのかと思って首を巡らせると、建物の向こうからトリが飛んできて、差し延べられたミンクの腕に止まる。
「どうだ?」
『それぞれの路地の出口にも警官が配置されている。まるで追い込み漁だな』
「フン……やはりな」
 ミンクは目を細め、面白くなさそうに鼻で笑った。そしてトリに、この近辺から警官らが全て引き揚げたら知らせに来いと命じ、再び空へ放った。
「聞いた通りだ。封鎖が解かれるまではここで大人しくしていろ」
 状況を理解するのに手間取ってポカンとしていた俺は、慌てて口許を引き締めた。
「アンタ、最初から全部判ってたみたいだな」
「ヤツらがこの周辺を張ってたことか? 知っていたら、わざわざ近寄らねぇよ」
「でも、路地の向こうで待ち伏せされてるのとか……」
「最悪の事態を想定しただけだ。仕掛けられた網に考えなしに突っ込むほどバカじゃねぇからな」
 とりあえず逃げることしか考えてなかった俺は考えが足らなかったってことか? と腹は立ったが、実際その通りだったので反論もできない。
 言葉に他意はなかったのか、ミンクは俺の方を見ることなく壁際へ寄って背を預けた。 煙管を出してタバコを喫いはじめ……、その様子がいかにも手持無沙汰なのを誤魔化しているようで、不意に申し訳ない気分になる。
「その…ごめん……」
 謝罪の言葉を口にすると、ミンクの目が動いて俺を睨んだ。
「何がだ」
「俺が声掛けて引き留めたせい…だよな。じゃなきゃ野次馬に囲まれるなんてヘマ、アンタがやらかすわけないし」
 立ち去り損ねた結果まんまと悪島が敷いた包囲網にはまってしまって、こんな場所でアイツらが居なくなるのを待たなきゃならない羽目に陥った。
 口には出さなくとも、苛立たしく思っているはずだ。
 眉間のしわをより深くしたミンクは、腹に溜まったものを追い出すように長く煙を吐いた。
「間近でチンピラどもが喧嘩をはじめたのは偶然。巻き込まれずに済んだかどうかは時の運次第だ。テメェに気ィとられて判断が遅れたとか、自惚れてんじゃねぇよ」
 言って俺から視線を外し、煙管に口をつける。が、すぐに吸口を離して、片方の口元だけを僅かに上げた。
「……それよかテメェだ。飯に誘うってことは腹が減ってたんだろう。こんな所で足止め食うとは災難だったな」
 言われて空腹だったことを思い出すと、急に胃が存在を主張しはじめた。しかも大きな音で飢えを訴えられ、俺は頬を熱くしながら腹を抱え込んだ。
 ミンクが笑うように小さく息を漏らしたのが聞こえて、いよいよ身の置き所がなくなってしまう。
「くっそ、恥ずかし……」
「しばらくの間は辛抱するんだな」
 若干優しめの言葉を掛けてもらったのはいいが、子供を宥めるようにも聞こえて引っ掛かった。ただ、口を尖らせてしまうと本当にガキっぽいので、不満が表情に出てしまわないよう意識する。
 通りの方からは、獲物を追いたてる楽しげな悪島の声が聞こえてきて、当分の間ここから出られないだろうことが推測できた。
 長丁場になるなら立っていても無駄に疲れるだけだと思い、ミンクが凭れているのと同じ壁際に寄り、意外と汚れの少ない地面に腰を下ろす。
 蓮に話し相手になってもらおうと思って背負っていたカバンを開くと、スリープモードの蓮の傍らにあるビニールの袋に目が留まった。
「そういや、こんなのあったんだっけ……」
 蓮を起動するのはひとまずおいて、俺はその袋を引っ張り出した。晴れた日の雲みたいなそれは、昼飯用に買ったものの休憩時間内に食べきれなかったクリームパンだ。
 一緒に入っていた蓮に圧されて少しばかり潰れてはいたけど、未開封だし、食べる分には支障ないと判断し、パッケージを破って中身を取り出す。
 2つに割って、ちょっと大きめのほうを傍らに立つミンクに差し出すと、ミンクは訝しげに片眉を引き上げた。
「何の真似だ?」
「カバンの中に入ってたから。俺一人食うの悪いだろ? 大丈夫、今日買ったヤツだし、消費期限明日だからさ」
「何が大丈夫だ。意味が分からねぇ。食いたきゃ勝手に一人で食え」
「遠慮することねーのに」
 ミンクは舌打ちすると明後日の方を向いてしまった。その後もしばらくはパンを掲げていたが、全く顧みてくれないので、やむを得ずパンを袋に戻してカバンに仕舞う。
「何故食わない」
「俺だけ食うの悪いじゃん」
「勝手に食えといったはずだ。テメェこそ妙な気を遣うな。迷惑だ」
 その言葉を俺は無視した。
 パンを仕舞ったカバンを脇に置き、膝を抱えて口を噤む。
「当て付けか?」
「……一人で食っても旨くねーし」
 バイトに出てる日の昼飯は一人で食べることになっても仕方ない。だけど、それ以外の時は、できることなら誰かと一緒に食卓を囲みたい。
 きっと、子供の頃の体験に起因するんだと思う。もともと留守がちだった育ての親がいつしか家に帰って来なくなり、婆ちゃんはちゃんと毎食作ってくれてたけど、俺を育てるために働いてて忙しかったから、俺は一人で食事をすることが多かった。紅雀が様子見がてら遊びに来て一緒に飯を食ってくれるとすごく嬉しくて、冷たくなった作り置きでも御馳走に思えた。

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